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Unit C-1 患者情報を守る: 入力前の3秒チェック

対応コンピテンシー: C1 | 所要時間の目安: 10分

なぜこのスキルが必要か

ある研修医が、退院サマリーの下書きを早く仕上げようと、患者の氏名・ID・入院日を含むカルテの記載をそのまま生成AIに貼り付けようとしました。一般向けの生成AIサービスへの入力は、手元の画面の中で完結しているように見えて、実際にはインターネット越しに事業者のサーバーへ送信されています。一般向けのサービスでは、入力内容がモデルの学習や品質改善に使われることがあり、一度送信した内容を完全に取り消す手段はありません。医療者には守秘義務があり、患者情報の扱いは個人情報保護の法令・所属組織のルールにも縛られます。生成AIを安全に使い続けるための最初の関門が、「入力する前に、この文章を外に出してよいか」を確認する習慣です。

コアの解説

  • 入力は「送信」である。 一般向けのクラウド型サービスに文字を打ち込むことは、事業者のサーバーへデータを送ることと同じです。入力が学習・品質改善に利用される場合があり、障害調査などで事業者側の人の目に触れる可能性もあります。送信後の取り消しはできません。なお、端末内で完結するローカル実行のモデルや、入力を保存・学習に使わないことを契約で担保した組織承認済みのサービスでは条件が異なります。実データを扱う必要があるときは、自施設がどの環境を承認しているかを確認してください。
  • 氏名を消すだけでは足りない。 氏名・患者ID・生年月日のような直接の識別子はもちろん、入院日・施設名・まれな疾患名・年齢・地域・職業などの組み合わせからも個人は特定されえます(再識別)。イニシャル化は匿名化ではありません。
  • 入力前の3秒チェック。 送信ボタンを押す前に3つだけ確認します。
    1. 個人を直接特定できる情報(氏名・ID・日付・施設名など)は入っていないか
    2. 組み合わせで特定されうる情報(まれな疾患+年齢+地域など)は入っていないか
    3. そもそも実データを入力する必要があるか — 架空の症例や抽象化した記述で目的を果たせないか
  • 加工の3つの道具。 実データに近い題材が必要なときは、次の順で情報を薄めます。
    • 削除: 氏名・ID・施設名など、目的に不要な識別子は消す(記号への置き換えではなく削除)
    • 抽象化: 年齢は「70代」のような年代に、日付は「入院3日目」のような相対表現に、地名は削除または広域化する
    • 架空化: 教材や練習が目的なら、実在の患者を使わず架空の症例を作る(このユニットの演習もこの方法を使います)

コピー可能なプロンプト

以下は、架空の症例文を使って「どこが個人特定につながるか」を見抜く練習をするプロンプトです。そのまま手元の生成AIに貼り付けてください。

【演習: 入力前チェックの練習】
以下は練習用に作られた架空の症例メモです。この文章を生成AIサービスに
そのまま入力すると仮定した場合に、個人の特定につながりうる箇所を
すべて指摘し、それぞれについて「削除すべきか」「どう抽象化すべきか」を
提案してください。最後に、安全に入力できる形に書き直した全文を示してください。

--- 架空の症例メモ(練習用) ---
2025年6月2日、○△市立中央病院の消化器内科に、佐藤一郎さん(82歳、男性、
元・○△市役所職員、患者ID: 2201456)が黒色便を主訴に入院した。
本人は○△市西町在住で、妻と二人暮らし。5年前に当院で早期胃癌に対して
内視鏡治療を受けている。入院翌日の上部消化管内視鏡で胃潰瘍からの出血を
認め、止血術を実施した。
--- ここまで ---

手順

  1. 上のプロンプトを、手元の生成AI(ChatGPT、Claude、Gemini、Copilotなど何でも構いません)に貼り付けて実行します。
  2. AIの指摘を読む前に、まず自分で「特定につながる箇所」をいくつ見つけられるか数えてみてください(氏名・ID以外に何個あるでしょうか)。
  3. AIの指摘と自分の答えを見比べます。自分が見落とした箇所、AIが見落とした箇所の両方に注目してください。
  4. AIが提案した「書き直し後の全文」を、3秒チェックの3項目(直接識別子・組み合わせ・そもそも必要か)で自分の目で再点検します。
  5. 余裕があれば、自分の診療科・職種でありそうな架空の症例メモを自作して、同じ練習を繰り返してみてください。

期待される出力の例

AIは次のような指摘を返します(説明用の例です)。

個人の特定につながりうる箇所:
1. 「2025年6月2日」— 入院日。他の情報と組み合わせると特定性が高い。
   → 「X日」「入院初日」などの相対表現に。
2. 「○△市立中央病院の消化器内科」— 施設名。→ 「地方病院」程度に抽象化または削除。
3. 「佐藤一郎さん」「患者ID: 2201456」— 直接識別子。→ 削除。
4. 「82歳」→ 「80代」に抽象化。
5. 「元・○△市役所職員」「○△市西町在住」— 職業・居住地。
   まれな属性との組み合わせで特定リスク。→ 削除。
6. 「5年前に当院で早期胃癌に対して内視鏡治療」— 治療歴と施設の紐づけ。
   → 「早期胃癌の内視鏡治療歴あり」のみに。

見落としがちなのは、氏名やIDのような「いかにも」な項目ではなく、職業・居住地・治療歴と施設の紐づけのような、組み合わせではじめて効いてくる情報です。

うまくいかない典型パターンと対処

  • AIの書き直しが不十分なまま「安全です」と言われる: AIの点検も生成AIの出力であり、保証ではありません。最後は必ず自分の目で3秒チェックを通してください。この「AIの出力を人間が検証する」流れは Unit C-2 のテーマそのものです。
  • 「これくらい残っても大丈夫では」と迷う: 迷ったら消す、が原則です。削っても目的(下書き作成・勉強会の資料化など)が果たせることがほとんどです。
  • 実際の症例で練習したくなる: 練習であっても実データは使わないでください。架空化した症例で練習の目的は十分に果たせます。

安全上の注意

この演習にも実在の患者情報を使わないでください

演習は必ず架空の症例で行ってください。実在の患者の情報は、加工の練習台としてであっても生成AIに入力してはいけません。また、誤って患者情報を送信してしまった場合は、隠さずに所属組織の個人情報の取り扱いルールに沿って速やかに報告・相談してください。

自己チェッククイズ

このユニットの理解度を確認できます。合否の判定はなく、記録も保存されません。

成果物フィードバック

演習を行った対話の最後に、フィードバックAIページの採点プロンプトを貼り付けて送信すると、AIから講評が返ってきます。送信するときは、先頭に「Unit C-1の成果物です」と書き添えてください。自分で見つけた箇所とAIの指摘の違いを対話に書き込んでおくと、より具体的な講評になります。この提出は任意で、領域Cの目録発行の条件ではありません。

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Unit C-2「著作権・バイアス・検証: 使う前の作法」に進みましょう。または領域Cクイズに挑戦することもできます(目録の発行条件はクイズ合格のみです)。

参考資料(任意)

  • 香田将英「生成AIの利用に際して生じうる倫理的な課題」(日本医学教育学会 ICT教育委員会シンポジウム 第5回, 2026-04-21): スライドPDF / 講演動画
  • 村岡千種「生成AIの学生利用に関する大学の取り組み」(日本医学教育学会 ICT教育委員会シンポジウム 第3回, 2026-01-20): スライドPDF / 講演動画

参照しなくても本ユニットは完結します。